カタガキナシ

「愛」と「欲望」について語るブログです。

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風呂場でケツを強打しました-「絶望」と「孤独」-

 

 

今日、風呂場でケツを強打しました。

 

 

 

 

 

 

事件は突然起こった

 

札幌もいよいよ夏らしい暑さになってきました。

夕方になっても部屋の温度が25℃くらいあります。

 

おかげで汗の量も尋常ではない。

さて、風呂にでも入ってスッキリしよう…。

 

 

浴槽に浸かり、そろそろ体を洗おうと椅子に座ろうと腰を落とす。

 

 

その1秒後、なぜか私は椅子には座っておらず、床に座っていました。

 

 

 

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※画像はイメージです。

 

 

 

「え…?」

 

突然の出来事に思考が追いつきません。

 

 

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※画像はイメージです。

 

 

 

自分はなんで床に座っているのだろう

椅子はなんで自分の後ろに下がっているのだろう

花はなんで枯れるのだろう

鳥はなんで飛べるのだろう

風はなんで吹くのだろう

月はなんで あかり照らすの

 

なぜボクはココにいるんだろう

なぜキミはここにいるんだろう

なぜキミに出逢えたんだろう

キミに出逢えたこと それは運命

 

 

想像を超えた出来事が突然起こると、思考だけでなく体の動きもストップします。

 

全く体が立ち上がらないのです。

 

 

今すぐこの状況を打開したいのに、何もできない。

そんな状況を人は「絶望」と呼ぶ………

 

 

 

だが、いつまでも絶望してはいられない。

希望があればたどりつける。

そうではない。

たどりつけると決心していること。

自分が決心・・・心を決めたのだから、 たどりつけるに違いない。

 

 

とりあえず立ち上がろう。それ!

 

 

 

 

 

 


Loud Nigra - cut and optimized

※音量を最大にして聞いてみよう!耳が壊れるぞ!

 

 

 

 

 

 

  ケツに高圧電流が流れたかと思いました。

 

 

 

 

 

思わず「アアッ…誰か!!誰か!!」と助けを求めてしまいました。

しかし独り暮らしなので当然誰も助けに来ません。

 

 

我々はみな真理のために闘っている。

だから孤独なのだ。

寂しいのだ。

しかし、だから強くなれるのだ。

─イプセン(1828〜1906)

 

 

ひとしきり叫んだ後に初めて気づいた孤独の意味。

こんな場面では知りたくなかったです。

 

 

 

母の愛

 

どうにか風呂場を脱出し、とりあえずこの状況を記事にしてやろうとパソコンの前に向かいました。

 

しかし、ここでも問題が発生しました。

 

普段、リビングテーブルにパソコンを置いて、地べたに座ってパソコンを操作しているのですが、ケツを負傷した今の状況では座ることもできません。

 

立った状態でパソコンに向かうわけにもいきません。

何か解決法はないだろうか…部屋の中を物色すると、普段開けないクローゼットの収納にこんなものがありました。

 

 

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クッションです。

 

 

実家からこの部屋に引っ越して来た時に、母親がなぜか持たされたものです。

 

 

引っ越して3ヶ月後くらいに「いらねーな」と思ってクローゼットの奥底に封印していたのですが…まさか役立つ時が来るとは。

 

 

今、このクッションを敷いてこの記事を書いています。

 

 

 

母よ。

 

 

 

 

ありがとう。